誰のための教育を、誰のために改革したのか。

投稿者: | 2015年10月15日

[Facebook 投稿より転載]

産経が維新の検証を始めた。
初回の今日は、1面で教育行政。

産経なので批判記事。私は彼の教育行政を全く評価していないので、概ね同意。

だが、あれなんかね。
経緯はどうでも「学テの成績上昇」という狙った結果は出したじゃないか、とする向きもあるのかしらね。

公立高校入試が大混乱というのも書いてあって、これはまあほんとにそうなんだけども、それより気になることがある。

高校に競争原理を入れた結果、各校が一生懸命「カラー」「売り」を作ろうとしている。
今回から、前後期が廃止されて入試が一本化されるので、この傾向はもっともっと強まるだろう。

ところで。
大阪の私立って、偏差値50くらい=「平均」くらいの学校がすごく少ないのね。先日見てたのは、「1番上のコースでガリガリ勉強させられるのは嫌」という子のためだったんだけど。

そういう「普通の子」、「普通でいたい子」の居場所って、なくなっていくんかなあ、と思う。

上の子は、結構まっすぐ偏差値で志望校を決める。
下の子は、「行ける所に行く」となる。

平均くらいの子は、やれば出来ると言われ、やる気が出ないのは目標や夢がないからだと言われ、「そんなに必死になりたくない」と思っても、そんなこと言ってられるか!と一蹴される。

実際、「夢とか目標とか言われても…」という声は、存外多い。
ないものはない、あればいいなあと思うし、そういうものに向かう友達が羨ましいけど、自分にはまだない。
その中で、探せ探せと言われ、何としてでも見つけろと言われ、それを掲げて高校を決めて勉強に励めと言われる。

…なんか、ネットで見る大人の世界に似てるよなあと思う。
夢や目標大事。それに向かって頑張り、成功するの大事。
オリジナリティ大事。人と違うことして抜きん出るの大事。それによってイノベーション起こすの大事。

私は、平均くらいの子達の戸惑い、困惑、そういうものを、ごく自然なことだよなと思う。

「ご近所物語」であったっけ。
「ここにいる奴らは、みんな夢や目標を持っていて、それが当たり前だと思っている。
その中で、そういうものが見つけられずに置いていかれる人間の気持ちが分かるか?」

中学生で既に人生の目標が決められて、それに向かってまっすぐ頑張れるっていうのは、すごいことだと思う。
でも、皆が皆それでなきゃいけないってのは、あまりに無体で横暴なことだと思う。

14歳15歳やそこらの、まだ何も知らない、世界の狭い狭い時分、材料も少ない上、自分自身も思春期というアイデンティティクライシスの真っ只中の中で、「とりあえずモラトリアムを続ける」という選択肢はあっていいと、私は思う。

でも、きっと、大阪府の公立高校からは、そういう受け皿はなくなっていく。特色を掲げて個性を打ち出して、幅広い中から選んでもらわないと、学校が潰される。見栄えのいい「特色」は、概ね、「進学実績」「国際(≒英語)教育」「就職実績」だ。

受け皿がなくなったところでモラトリアムを続けたい子は減らないので、我々は粛々と志望校の相談に乗り、生徒達は粛々と許容範囲の中から妥協解を見つけて進学していくだろう。

誰のための教育を、誰のために改革したのか。
そこを今一度、問いたい。