教育における最大の禁じ手

投稿者: | 2015年6月9日

小学校での作文学習の状況について、88%が「作文を書く機会がある」と回答したものの、書く頻度は、33%が「年に1~2回」、31%が「年に3~4回」と少なく、月に1度以上作文を書いている割合は19%にとどまる。
Source: 小学校の作文指導、64%の保護者が不満 | リセマム

「月に1度以上作文を書いている割合は19%にとどまる。」
それでは作文を書けるようになるわけがない。

作文を書くのが年間4回以下、という回答が64%。
そんな頻度では、先生だって指導のしようがないはずだ。
しかたなく
「思った通りに書け」「好きなことを書け」
という指導になる。
その気持ちはよく分かる気がする。

簡単な話だ。
回数を増やせばいい。
毎週書かせれば年間30回くらいになる。
二日にいっぺん書かせれば年間100枚くらいにはなるのではないだろうか。

一回の字数は少なくてもいい。
がくあん教育ラボでは、B4サイズで200字の原稿用紙を自作して、通塾生には毎回書かせている。
私たちも毎回赤を入れ、次回に持って帰らせる。

これを続ければ確実に変わる。
ちょっとの工夫と、手間を惜しまねばすむ話である。

教育における最大の禁じ手は、大人がさぼることだ。
(教育において「大人がさぼる」とはどういうことかについて、もう少し詳しく知りたい方はこの本がよい参考文献になるはず→ 『往復書簡・学校を語りなおす―「学び、遊び、逸れていく」ために』

もっと言えば、学校の作文指導に不満を抱くのなら、親が子に家で作文を書かせればいいだけの話だ。
「何とかしろ」と不満を学校にぶつけるだけでは、これもまた「大人がさぼ」っているにすぎない。
表現基礎領域の活性化を促すような赤入れができないというのなら、その方法を親が学べばいい。
学ぶ自信がなければ、がくあん教育ラボの作文通信講座を親子で受講すればいい。

作文はひとりでに書けるようには絶対にならない。
書き手の表現と真正面から取っ組み合う覚悟がいる。

これは何も作文に限ったことではない。
教育には、生徒と真正面から取っ組み合う覚悟がいる。

大人が、その覚悟から逃げているような気がしてならない。