2015(平成27)年5月 今月のお知らせ(抜粋)

投稿者: | 2015年5月11日

いつもご厚意をお寄せくださいまして、誠にありがとうございます。

[神尾]
○がくあん、本格的に再始動です。本格再始動を待ち望んでくださった皆様に心より感謝申し上げますとともに、引き続きのご声援を何卒よろしくお願い申し上げます。私自身、あまりに嬉しいので、月例通信を今月からまた書くことにしました。毎月発行できるかは分かりませんが、同封されている月には、よろしければお付き合いくださいませ。

さて、今月のお知らせは次の通りです。ご確認ください。

〈イベントのご案内〉
がくあんでは、お子様向け、保護者様向けともに様々なイベントを検討し、実施しております。今後のイベントは下記のようになっております。それぞれの詳細は別紙にてお伝えいたします。

6月6日(土)公立中学校の成績評価方式および大阪府公立高校入試制度の変更についての講演会
※講演終了後、保護者の皆さまとのお話し会も開催
堺市西文化会館ウェスティ7階AVルームにて 午後1時30分開場 午後2時開始 参加費500円
ご兄弟、ご親戚、ご友人などお誘い合わせの上、ふるってご参加ください!

〈保護者面談などについて〉
保護者面談、三者面談についてはいつでも受け付けておりますので、ご相談などございましたら、お気軽にご連絡ください。場所や時間もできるだけご希望に合わせます。
また、保護者の皆様が集まる場で勉強や教育が話題になる場合には、末席にてぜひ参加させていただきたく存じます。今後の方針を策定するために、保護者の皆さまの「教育に関する本音」を伺いたいと心から望んでいます。また、私たちの持っている情報でお役に立つものがあれば、いくらでも提供させていただきます。「あの集まり、今度は神尾も呼んでやろうかな」と思いつきましたら、ぜひお声がけくださいませ!

〈コラム~本格再始動にあたって〉
昨年3月、がくあん閉塾の打ち上げを終えた翌朝、私(神尾)は facebook にこんな投稿をしました(閲覧は友人限定)。長文ですがお読みください。

「先生。うちの娘のやる気のスイッチはどこにあるんですかね」
入塾して間もない中2女子(当時)の父親が、夜中の保護者面談で私にこう尋ねた。私を信頼してよいものかどうかと推し量る質問であろうことは彼の表情や口調から見て取れた。
こういうことは、塾という場においてはよくあることだと私は思っている。そして、私が彼/彼女の信頼に足る人間であるかどうかと自問すれば、答えはいつも「否」だ。教育に関する自らの手腕への自信など、抱いたことは一度もない。人間として信頼に足るかと問われれば、なおのことだ。
私が唯一持っているもの、それは生徒への信頼だけだ。

件の父親に私は、
「あくまで私の考えでしかありませんが、スイッチは一つじゃないと思うんです。たくさんたくさんスイッチはある。そして残念ながら、そのほとんどがダミーなんです。でも、ダミーじゃない、押せばやる気が出る『当たり』のスイッチも必ずある。しかも一つじゃない。ところが、黒ひげ危機一発みたいなもので、『当たり』の場所も数も、刻々と変化し続けるんです。だから私たちは毎日、『これか?』『これじゃないのか!じゃあこっちか?』と、一人ひとりを見つめ続け、スイッチに手を伸ばし続けるしかないんです。昨日ONにしたはずのスイッチが、一晩経ったらOFFになっていることだってしょっちゅうです。それでも、私たちは毎日、がくあんに集う生徒たち全員のスイッチをONにし続けます。スイッチに手を伸ばしてくれるという私たちへの信頼を動機づけとして、彼らはここに通ってきます。そして、ダミーじゃない『当たり』のスイッチが『必ず』複数存在するというのが、私たちの彼らへの信頼であり、ここで毎日彼らを待つ動機なんです」
というようなことを答えた覚えがある。

当該の女子生徒はこの4月から高校生。小さい頃に抱いていた夢を掴み直し、その実現のために自ら学科を選択した。昨日、生徒たちの企画で行われたがくあん最終日の打ち上げには、手製のチョコレートを持参してくれた。
「お父さんが暇そうだったから『混ぜて』と頼んだら、文句を言いながらやってました」
と笑っていた。
そして彼女の父親は、がくあん閉塾の報を受けてすぐに電話をくれ、
「いつか飲みに行くという約束、今からでどうですか?」
と居酒屋に誘い出してくれた。ご自身はほとんど呑めないにも関わらず、見事に酔っ払った私たちの話を笑みを絶やさず頷きながら聞き、日付が変わるまで付き合ってくださった。
「私と娘は、がくあんと心中するつもりでしたし、その結果としての今の娘をみて、これでよかったんだと思っていますよ」
とおっしゃっていた。

昨日の打ち上げには、在塾生はもちろんのこと、大怪我をして休塾していた生徒、すでに卒塾した生徒、そして保護者の方々も駆けつけてくれた。
ドアを開ける前から泣いていた母親。
在塾生の手でできあがっていた私たちへの色紙のすき間に〈受験頑張ります。ありがとうございました〉と書き込んでくれた卒塾生。
「塾は閉じても、私ともうちの子とも、どうか個人的にこれからも付き合ってやってください」
と頭を下げてくださる母親。
32歳で大学進学を決意し、国立大学前期試験(論文)の一ヶ月前にがくあんに駆け込んできたN君も来てくれて、
「ここに来てなかったら滑り止めの私大で甘んじてました。論文どころか作文も漢字もろくに書けなかったんですから」
と笑っていた。

万感の思いがこみ上げる。
感謝と、悔しさと。

しかし一方で、どうしてもよくわからない、と驚きながら首をかしげる自分もいる。がくあんという「場」の何が、こんなにも彼らを惹きつけていたのだろう、と。

(妻はともかく)私には、経営者としても、教育者としても、もちろん人間としても、特筆すべき点は何もない。毎日を全力で、誰に対しても誠心誠意…そんなことはぜんぜんできていなかった。気が乗らない日もあれば、機嫌が悪い日も、投げやりになっている日もあった。生徒たちは当然、敏感にそれに気づき、そういう日には私に近づかないようにしていた。どこにでもいる、むらっ気たっぷりの、ただの四十男だ。
世の同業者(社)が同業他社(者)に誇るような、目を見張るような教務テクニックも保護者面談での殺し文句も、一切持ち合わせていない。そういうのは反吐が出るほど大嫌いなので、身につけないことを平素から心がけているくらいだ。
結果として、「教育産業」の面々から見たらずぶの素人が「代表でございます」と黒い椅子にふんぞり返っているだけ、という醜悪な図ができあがっていたはずなのだ。

だのに、なぜ。
歯をくいしばり、君は行くのか?
そんなにしてまで。

このがくあんという場で。

本当ならここで、「でも一つだけ言えることがある」云々と、自らのなしえたことを、少なくとも自らがなしえたのかもしれないと思えることを、何か挙げられたらいいのだろう。でも、いくら考えても、見当たらない。
成績アップ、志望校合格、人間としての成長。
これらはすべて、生徒が自らの手で自らを変えた結果である。断じて、私の手腕が発揮された結果でも、がくあんという塾の実績でもない。生徒の、そして彼らを一心に育てた保護者の獲得した成果物だ。
私はと言えば、椅子に座ってそれを見ていたに過ぎない。

冒頭で述べたスイッチの話にしても、当然のことではあるが、私が押しているわけではない。
生徒が自らの手で自らのスイッチを押すのだ。
私にできることといえば、スイッチのある場所を指し示すことしかない。
私が示した場所に彼らが自ら手を伸ばす。今まで触れたことのない自分の内部に手を伸ばすために必要なのは、理由はともあれ、私に対する信頼だけだ。
そしてその信頼すら、彼らが自らの中に育んだものであって、私が与えたものでは決してない。

これからもそこに座っていろと言われれば、喜んでそれに従おう。
「お母ちゃん、あんた床に正座!」
「いや~、先生、堪忍してや~、え~ん」
などと保護者とふざけていればいいと言うのなら(昨日の話)、ありがたくそうさせていただこう。
むしろ私が床に正座して、これからも彼らを凝視し続けよう。そして、必要とされる限り、スイッチの場所を指し示そう。そのためにそこにいろと言ってもらえる限り、ここにいよう。

これを書いている私は、別に自らの無価値さを嘆いているわけではなく、自らの存在意義を貶めて自虐的な悦びに浸っているわけでもない。
ただ、わからないだけだ。
自分の力で、自分の手で勝ち取った成果を私のおかげだと言ってくださることが、勝ち取ったことへの喜びだけでなくその結果から生じる誇りのようなものまで私の実績として共有させようとしてくださることが、とても嬉しく、とてもありがたく、こうして書きながら涙が止まらないくらい感謝しているけれども、でもやはり、わからないのだ。

それは、あなたの実績だ。あなたの努力の賜物だ。あなたが独占していいものなのだ。
なぜなら、私は何かを「あなたの代わりに」したことはないし、することはできないのだから。

学ぶとはそういうことであるはずなのだ。
誰かの代わりに学んでやるなんてことは、当然だが、誰にもできない。
そして、教えることは学びを得させることと等価ではない。教えるというのは、相手の学ぶ意志を起動させる「極めて低い可能性を有する」行為でしかないのだ。
その意味で「先生が教えてくれたからよく分かった」というのは誤謬だ。「先生が教えてくれたおかげで(あるいは先生が教えてくれる以前から自発的に)私の中の学ぶ意志が起動し、それによって自ら学んだからよく分かった」のだ。

同様に「私が彼/彼女の成績を上げた」「私が彼/彼女を合格に導いた」もっと言えば「私が彼/彼女を教えた」などとほざくのは傲岸不遜の極みである。
彼/彼女に施された膨大であろう数の教務行為が、その膨大さゆえに「極めて低い可能性」という確率論的な障害をたまたま突破し得た結果として、彼/彼女の学ぶ意志が起動したまでである。頭を低く垂れ、確率の神様の采配に感謝の祈りを捧げるべきなのであって、自らの手柄と誇るなどは誤解も甚だしい。「数打ちゃ当たる」かもしれないのだから、黙々と下手な鉄砲を打つしかないのだ。

あるいは「彼/彼女」の学ぶ意志はすでに起動していたのかもしれない。それならば、もはや「私」は情報提供者であること以上に必要とされる存在ではないのだ。

だらだらとここまで書いてきてあらためて思うのは、おそらく私は(そして妻も)いわゆる「教育『産業』」=成績/偏差値販売ビジネスには一生なじめないのだろう、ということだ。
世の中にそれをできる人がたくさんいることは別に不思議ではないけれども、そのほぼ全てが自らの販売行為を「営業」ではなく「教育」と呼び、自らを「営業マン/ウーマン」ではなく「教育者」と呼ぶことが私には不思議でならない。

それでも、教育「界」を生息地と定めた私はこれからもここに居続けるし、そこで生計を立てようと思えば教育「産業」に身を置くこととなる。それはそれでかまわない。成績アップや合格実績を自らの手柄としない良識(あくまで私個人にとっての)を持ち合わせている「教育者」の集う場は、私たちが昨日閉じたがくあん以外にもある。そこに行けばいい。

そして、私たちは私たちの夢もまた追い続けていこうと思う。
そこに集う人たちが学ぶ意志を堂々と起動できる場所。
起動スイッチを自分で押し、自らの意志でここにいるのだ、ここで学ぶのだと胸を張れる場所。
そんな彼らに私たちがほんの少しだけ寄り添うことを許してもらえる場所。
学びを通して人生をもっと謳歌できるように、集う人たちと私たちがともに向上していける場所。
日々に埋没しながら同時に鳥瞰し、生活と夢とを複眼で見据え、そんな場所を作るために、今日からまた歩んでいこうと思う。

佐野元春は歌う(『君を連れて行く』)。
「家を失くしてしまった
お金を失くしてしまった
暇を失くしてしまった
少しだけ賢くなった
昨日のこと
昔の仲間を連れ出して
久しぶりに
夜明けまでさわぎ散らかした
丘を越えて
小さな森の入り口
君が愛してると伝えてくれた
昔のままの印が今でも残ってる
重い荷物は捨てて
遅すぎることはない
光の中の波のように
二人の力をあわせて
これからは
新しいルールを作るのさ」

私は少しだけ賢くなれたのだろうか。

一年前に書いたこの文章を、がくあん本格再始動を決意した折にふと思い出し、読み返しました。感動さめやらぬままに書いたものですので、恥ずかしい気はするのですが、それでもあえてここに再掲したのは、がくあんを閉じて一年、私の考えはこの時と何一つ変わっていないと確信したからです。そして、本格再始動にあたって、もちろん私たちが「少しだけ賢くなれた」かもしれない部分は発揮するとはいえ、この初心はやはり忘れずに進み続けたいと思ったからです。
がくあんは少しだけ名前を変え、これからは「がくあん教育ラボ(仮称)」となります。私と妻は、がくあん開塾中はもちろんのこと、閉塾後もずっと、「知性とは」「教養とは」「公教育(国民皆教育)とは」「資本主義とは」「民主主義とは」といった社会の根幹についての議論を重ね続けてきました(まあ、これは二人ともそういう話や議論が大好きだからなのですが)。
これらの議論が帰結する先は、
「教育の理想像とはいかなるものであり、それはどうしたら実現するのか」
という問題です。
私たちは、教室において私たちの理想に少しでも近い指導を実践すると同時に、保護者の皆さまと対話する機会を積極的に設けることで、机上の空論ではない、「保護者といっしょに作る塾」を何としても実現したいと思うようになりました。そのための研究所、すなわちラボであるという意味合いを込めての改名です。そして、近いうちには保護者、生徒、そして私たちの全員で新しい名前を決めたいという願いを込めて「(仮称)」としております。他にも「こんなことしたい」「あんなことやりたい」という計画は私たちの中にたくさんあります。この月例通信などいろいろな場で今後発表していきたいと思っておりますので、ぜひ対話にご参加いただき、ともに作り上げていただきたく存じます。
また、6/6のイベント「公立中学校の成績評価方式および大阪府公立高校入試制度の変更についての講演会」も、メインイベントはその後のお話し会と個別相談会だと私たちは認識しております。今回の制度変更は生徒への影響が非常に大きく、かつ生徒にも保護者にも理解しにくいものであるため、ていねいに解説し、個別の事情に合わせて質問を受け、それにお答えすることで、保護者の皆さまのお役に立ちたいと考えております。それと同時に、この制度変更は「(公)教育とはいかにあるべきか」という根本的な問題を私たちに提起する(つまりはそれほどまでに稚拙な)政策であるとも言えるものです。これをきっかけとして一人でも多くの保護者の皆さまとお話しさせていただきたいというのが私たちの希望です。6/6はお友達など一人でも多くお誘い合わせの上、ご参加くださいますようお願い申し上げます。
それでは、今後ともがくあんを、そして私たちを何卒よろしくお願い申し上げます。