2015(平成27)年7月 今月のお知らせ(抜粋)

投稿者: | 2015年7月5日

いつもご厚意をお寄せくださいまして、誠にありがとうございます。

[神尾]
○がくあん教育ラボは、さかい子育て応援団の一員に認定されました。
○夏休みが近づいてまいりました。がくあん教育ラボでは、夏は普段より日数を増やして開講する予定です。詳細は本紙をご覧ください。(※抜粋のため本ページに記載はございません)

さて、今月のお知らせは次の通りです。ご確認ください。

〈イベントのご案内〉
がくあんでは、お子様向け、保護者様向けともに様々なイベントを検討し、実施しております。今後のイベントは下記のようになっております。詳細は別紙にてお伝えいたします。

7月11日(土)頭のよくなる夏休みの過ごし方
※講演終了後、保護者の皆さまとのお話し会も開催
堺市西文化会館ウェスティ7階AVルームにて 午後1時30分開場 午後2時開始 参加費500円
ご兄弟、ご親戚、ご友人などお誘い合わせの上、ふるってご参加ください!

〈保護者面談などについて〉
保護者面談、三者面談についてはいつでも受け付けておりますので、ご相談などございましたら、お気軽にご連絡ください。場所や時間もできるだけご希望に合わせます。
また、保護者の皆様が集まる場で勉強や教育が話題になる場合には、末席にてぜひ参加させていただきたく存じます。今後の方針を策定するために、保護者の皆さまの「教育に関する本音」を伺いたいと心から望んでいます。また、私たちの持っている情報でお役に立つものがあれば、いくらでも提供させていただきます。「あの集まり、今度は神尾も呼んでやろうかな」と思いつきましたら、ぜひお声がけくださいませ!

〈コラム~習ったことを忘れない〉
アメリカを代表する哲学者・心理学者として、今でもアメリカで書かれた書籍などには頻繁にその言を引用される、ウィリアム・ジェームズ(William James, 1842-1910)。
今日は彼の数々の名言から一つ紹介します。

「習ったことを一生忘れない人間は、仕事を必ずやり遂げ、一生向上を続ける。一方、他の連中は、昔習ったことを学び直すのに一生の大半を費やし、どうにかこうにか面目を保っている。」

人間の脳にとって不可欠な機能、それは忘却です。
私たちはたくさんの失敗を忘れるからこそ、未来に顔を向けて生きていけるわけですから。
つまり、ウィリアム・ジェームズの言葉における「忘れない」とは、文字通りの意味に取ることはできません。
人間は習っただけのことなんてあっという間に忘れます。必ず忘れるのです。

では、彼のいう「習ったことを一生『忘れない』」とはどういう意味でしょうか。

たとえば、子どもの頃に自転車に乗れるようになった人は、大人になって自転車に乗る機会が少なくなったとしても、必要ならば自転車に乗ることはできます(多少ぎこちないかもしれませんが)。
私たちは、文字通り「血肉となる」まで練習したことは、必要なときに頭の中から呼び戻し、何度でも再現することができます。
唱え続けた九九も、書いて覚えた漢字も、頭の中に「忘れないもの」としてストックされているから、いつでも必要なときに引っ張り出すことができるわけです。

この「必要なときにいつでも引っ張り出せるストック」を増やすこと。
これが真の意味での学習です。
小学校入学から社会に出るまでのいわゆる「児童・生徒・学生時代」は、知識を増やすことに専念できる機会です。
ただし、通り一遍の学習ではすぐに忘れてしまい、社会に出てから学び直す時間を確保せねばならないため、同じ知識が血肉となるまで訓練した人とは、時間だけに限ってみても大きな差が付いてしまいます。
そのことをウィリアム・ジェームズは指摘しているのでしょう。

「児童・生徒・学生時代」に与えられる知識は、義務教育に限ってみれば、誰に対してもほぼ同じものであるはずです。
それを「血肉となった」と呼べる状態にまで高めるのは、その知識を受け取る側の技量です。
つまり、放っておけば忘却の餌食になってしまう知識を「必要なときにいつでも引っ張り出せるストック」まで高める方法、簡単に言えば「勉強のしかた」(メタスキルと言います)を知っているかどうかが、「一生向上を続ける」人間になるための決め手であるわけです。

がくあんはその信念の一つとして「魚を与えるだけではなく魚釣りの方法を教える」ことを掲げています。
魚(=知識)を与えるのはあくまで応急処置。
その知識を自ら獲得し血肉とする方法(=メタスキル)を身につけさせることが、私たちの教室の真の目的です。
それこそが社会に出てから本当に役立つ「教養」の一つである、と私たちは信じています。

それでは、今後ともがくあんを、そして私たちを何卒よろしくお願い申し上げます。