2015(平成27)年8月 今月のお知らせ(抜粋)

投稿者: | 2015年8月4日

いつもご厚意をお寄せくださいまして、誠にありがとうございます。

[神尾]
○酷暑が続いております。先日、たまたま通りかかった路上でおばあちゃんが倒れており、救急車を呼ぶ手助けをしました。「危険」と書かれた熱中症情報(防災情報)が毎日iPhoneに流れてきます。くれぐれもご自愛くださいませ。

さて、今月のお知らせは次の通りです。ご確認ください。

〈イベントのご案内〉
がくあんでは、お子様向け、保護者様向けともに様々なイベントを検討し、実施しております。今後のイベントは下記のようになっております。詳細は別紙にてお伝えいたします。

8月15日(土)~8月16日(日) がくあん作文夏合宿2015
琵琶湖国定公園 近江白浜 政府登録旅館 白浜荘にて

9月??日(土) (第三回セミナーを予定しております)
※講演終了後、保護者の皆さまとのお話し会も開催
堺市西文化会館ウェスティにて 午後1時30分開場 午後2時開始 参加費500円

〈保護者面談などについて〉
保護者面談、三者面談についてはいつでも受け付けておりますので、ご相談などございましたら、お気軽にご連絡ください。場所や時間もできるだけご希望に合わせます(神尾自宅、保護者様ご自宅、喫茶店などのお店、あるいは電話、メール等)。
また、保護者の皆様が集まる場で勉強や教育が話題になる場合には、末席にてぜひ参加させていただきたく存じます。今後の方針を策定するために、保護者の皆さまの「教育に関する本音」を伺いたいと心から望んでいます。また、私たちの持っている情報でお役に立つものがあれば、いくらでも提供させていただきます。「あの集まり、今度は神尾も呼んでやろうかな」と思いつきましたら、ぜひお声がけくださいませ!

〈コラム~有恒は諸行無常の中に〉
先月に引き続き、アメリカつながりで。今日は、思想家、作家、講演家、そして教育者でもあったエルバート・ハバード(Elbert Green Hubbard 1856–1915)のこんな言葉です。

「いつまでも無知のままでいたければ、きわめて簡単で効果のある方法がある。自分の取るに足らぬ意見と知識に満足していればよい」

彼の著作の一部は邦訳出版されていますが、最も有名なのは『ガルシアへの手紙』(総合法令出版・2001年)でしょう。
1899年にハバードがわずか一時間で書き上げたと言われる本書は、1913年にはアメリカ国内で4000万部も印刷され、1895年から1915年にかけてアメリカで最も版を重ねた本となったのだそうです。
私もたまに読み返しますが、原点に引き戻してもらえるような、そんな感覚を味わいます。
本屋さんなどで見つけたら、ぜひ手に取ってみてください。

さて、この名言。
ちょっと辛辣な印象ですね。
「いつまでも無知のままでいた」いと望む人はさすがにごく少数でしょう。
でも、まわりを見渡してみると、自分の意見と知識に満足している人は、そこら中にいるような気がします。
彼らの意見や知識が現時点で「取るに足らぬ」ものかどうかはわかりません。
しかし、近い将来にはおそらく「取るに足らぬ」ものに成り下がっているはずです。

意見や知識というのは、建物と同じだと考えると分かりやすいかもしれません。
遠目にはずっと同じ姿でそこにあるように見える古い建造物も、こまめな点検と修繕、時には大がかりな改築などを経ているはずです。
そうでなければ今ごろ廃屋になってしまっているでしょうから。
全体として変わらぬ姿でそこに建つために、部分部分はたえず新しくなっていく。

私たちの肉体もそうです。
今から四年後には、私たちの体の細胞は全て新しいものに変わっている。
新陳代謝の停止は死を意味します。
でも、私たちは私たちのままです。

仏教では「有恒は諸行無常の中にある」と言われますが、これもまた同じ意味です。
矛盾しているようで矛盾していない。
変わらないためには変わり続ける必要がある、ということです。

現状に満足(慢心と言ってもいい)していれば、たとえ博学多才の士であっても、無知蒙昧と同じである。
なぜなら、満足(慢心)とは「もうじゅうぶんだ。これ以上変わらなくていい」という心持ちであり、変わろうとしない者の手からはその博学多才が早晩こぼれ落ちていくからだ。
ハバードはおそらくそういうことを、この箴言で伝えたかったのでしょう。

変わり続けるのをやめることは、現状維持を意味してはいません。
それは退化、衰退、最終的には死を意味します。
教育界の端で踊ることを選んだ私としては、「取るに足らぬ」ものに成り下がるわけにはいかないし、知的衰退に甘んじるわけにもいかない。
いくら踊るのが下手であったとしても、立っていられる限りは踊り続けていたいものだなあと、あらためて考えた次第です。

それでは、今後ともがくあんを、そして私たちを何卒よろしくお願い申し上げます。