2016(平成28)年3月 今月のお知らせ(抜粋)

投稿者: | 2016年3月8日

いつもご厚意をお寄せくださいまして、誠にありがとうございます。

[神尾]
○「凡人は量をこなすべし」「量が質に転化する」と口癖のように言い続けている神尾(そ)です。先日、松下幸之助氏と本田宗一郎氏が同じようなことを言っているのを知りました。松下氏は「『もういっぺん』『もういっぺん』と繰り返した結果、現在の松下電器(現パナソニック)になった」、本田氏は「オセロゲームで黒が一気に全部白に変わるように、10回目の成功で9回の失敗がすべて価値あるものに変わる」と言っていたそうです。日本に名だたる創業者二人にしてこの言あり。いわんや我々凡人においてをや、であります。黙々と、淡々と。地道な努力の飽くなき継続が、実は一番の近道です。がくあんは新年度を迎えました。今年度もどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、今月のお知らせは次の通りです。ご確認ください。

〈イベントのご案内〉

がくあんでは、お子様向け、保護者様向けともに様々なイベントを検討し、実施しております。
今後のイベントは下記のようになっております。詳細は別紙にてお伝えいたします。

4月17日(日)第五回講演会「作文で『賢さ』を身につけよう!」
※講演終了後、保護者の皆さまとのお話し会も開催
堺市西文化会館ウェスティにて 午後1時30分開場 午後2時開始 参加費500円

〈保護者面談などについて〉

保護者面談、三者面談についてはいつでも受け付けておりますので、ご相談などございましたら、お気軽にご連絡ください。
場所や時間もできるだけご希望に合わせます(神尾自宅、保護者様ご自宅、喫茶店などのお店、あるいは電話、メール等)。

また、保護者の皆様が集まる場で勉強や教育が話題になる場合には、末席にてぜひ参加させていただきたく存じます。
今後の方針を策定するために、保護者の皆さまの「教育に関する本音」を伺いたいと心から望んでいます。
また、私たちの持っている情報でお役に立つものがあれば、いくらでも提供させていただきます。
「あの集まり、今度は神尾も呼んでやろうかな」と思いつきましたら、ぜひお声がけくださいませ!

〈コラム ~ポジティブな異常値~〉

今ではすっかり人口に膾炙した感のある TED
数年前にショーン・エイカーの「幸福と成功の意外な関係(The happy secret to better work)」を観たのが、私が TED を知るきっかけでした。
ユーモアにあふれ、示唆に富む講演で、私はすっかり魅了されました(ただし、ものすごい早口ですが)。
がくあん教育ラボのブログにもこの講演の動画を掲載しておりますので、ぜひ一度ご覧ください。
また、TED には他にも興味深い講演が揃っています。ぜひ一度サイトを訪れてみてください。
日本語字幕がついているものも多いですので、英語が苦手でも大丈夫です(英語の勉強にもなります)。
スマートフォンにも便利なアプリケーションがたくさんあります(私は iPhone で TEDiSUB を使って観ています)。

ショーン・エイカーの講演は、ポジティブ思考の効果を私たちに伝えるものですが、その冒頭で「でっち上げたデータ」のグラフが示されます。
この「でっち上げ」で彼は何を主張したかったのか。彼自身に語ってもらいましょう。
少々長いですが、講演の翻訳から転載します。

この研究について、学問の場以外の企業や学校などで話すようになったとき、講演をグラフで始めたりしたらいけないと言われたものです。でも、講演のはじめに私が見せたいのはグラフなんです。一見退屈なグラフに見えますが、これこそ私が心躍らせ活動し始める理由なのです。それにこのグラフは何も意味しません。でっち上げたデータですから…(笑)。
これが皆さんの調査データだったなら、すごく興奮したでしょう。非常にはっきりした傾向が見られます。だから論文誌にも掲載されるでしょうし、実際それが重要なすべてです。曲線から外れた変な点がある事実は……変わった人が混じっているのは、さっき見て誰か分かっているので、問題ではありません。皆さんお分かりでしょうが、問題ないのです。単に削除すればいいのですから。削除できるのは明らかに測定誤差だからで、それが測定誤差である理由は私のデータを台無しにしてしまうからです。
経済・統計・心理といった授業で最初に教えているのが何かと言うと、統計的に適切な方法で異常値を抹消する方法です。一番良い曲線が得られるよう、異常値を消すにはどうすれば良いか? もし私の見出そうとしているのが「平均的な人は鎮痛剤を何錠飲むべきか」ならそれは結構ですが、見出したいと思っているのが潜在能力や幸福、生産性、 エネルギー、創造性の秘密であるなら、このやり方は科学の名による「平均」教崇拝です。
「子どもが教室で読み方を学ぶ早さ」について質問をしたなら、科学者は「平均的な子どもが教室で読み方を学ぶ早さ」に言い換えます。そして、平均に合わせて教室を仕立てるのです。この曲線で平均より下になるようなら、心理学者は色めき立つでしょう。それは抑鬱傾向にあるか障害を持っているということで、両方なら言うことありません。そう望むのは、精神医のビジネスモデルは、1つの問題を抱えて診療を受けに来た人に問題を10個抱えていると自覚させ、繰り返し通院させることだからです。必要なら子ども時代にも遡り、最終的には患者を正常に戻したいと思いますが、正常というのは単に平均的というに過ぎません。
ポジティブ心理学が指摘するのは、「平均的に過ぎないものを研究していたら、平均的なものにしかなれない」ということです。ポジティブな異常値を消してしまうのはなく、あのような分布を見たらむしろ積極的に「なぜか?」と問うべきです。ある人たちの能力はなぜ曲線の遙か上なのか? 知的能力、運動能力、音楽センス、創造性、エネルギーのレベル、困難に直面したときの反発力、ユーモアのセンス……それが何であれ、取り除いてしまうのではなく、研究したいのです。そうすれば、みんなを平均まで引き上げるだけでなく、自分の会社や世界中の学校の平均自体を引き上げる方法だって分かるかもしれません。
https://www.ted.com/talks/shawn_achor_the_happy_secret_to_better_work/transcript?language=jaより引用)

何かを得ることは、何かを代償として差し出すことだとよく言われます。
私たちは、「まわりのみんな」が身につけている(ように見える)能力を自分も身につけたい、あるいはわが子に身につけさせたいと望みます。
その能力が厳密には何なのかをあまり考えることなく、またその代償として何を差し出すことになるのかまで考えを巡らすことなく、当該能力を獲得しようと行動しはじめます。
そして、しばらく経ってから「あれ? 私は本当にこれが欲しかったんだろうか?」と自問することになります(往々にして、獲得の過程で躓いた時にこういう気づきが生まれるものです)。
ほしくもないものを手に入れることに注力した結果、その代償として失ったもののあまりの大きさに呆然とするのです。

時間節約を謳ったマルチタスクばやりの昨今ではありますが、それは所詮、暇を持てあましている五感のどれかを別のことに使うというテクニックでしかありません。
目を覚ましながら眠れませんし、勉強の時間には友達と遊べません。
大切だと思う何かを獲得しようとする時、私たちは、あるいは子どもたちは、その代償として他の大切なことを失います。
その「大切だと思う何か」が人生の根本に関わるものであればあるほど、失うものもまた人生の根本に関わる「重要な何か」なのです。

ショーン・エイカーの言葉を借りるなら、平均的に過ぎないものを追い求めていたら、平均的なものにしかなれません。
子どもたち一人ひとりの中には、そして私たち一人ひとりの中にも、でっち上げのグラフの上方で輝く「ポジティブな異常値」があるはずです。
現実には存在しない「まわりのみんな」という平均値に自分やわが子を押し込むことによって、この「ポジティブな異常値」は失われてもよいものなのでしょうか。

ニーチェは『道徳の系譜』(1887年)において、出現しつつある現代社会を予見的に批判しました。
大衆社会(成員たちが群をなしていて、もっぱら隣の人と同じように振る舞うことを最優先的に配慮するようにして成り立つ社会)における非主体的な群衆を彼は〈畜群 Herde〉〈奴隷 Sklave〉と侮蔑的に名付けました。
「みんなと同じ」であることのうちに幸福と快楽を見出す現代人は、まさに彼の言う〈畜群〉であり〈奴隷〉であると言えそうな気がします。

こういう論において見落とされるのは、「現代人」などという人間は存在しない、という事実です。「現代人」もまた平均値なのです。
宇宙人の視点から地球を眺めれば、あるいは雲の上の天国からニーチェの目で現代を眺めれば、現代社会を構成する大衆は倒錯的な畜群道徳に従う〈塊 Masse〉にしか見えないかもしれません。
このような鳥瞰の視座が必要な場面も多々あることは承知しています。
だからといって、敢えて自分やわが子を無個性な〈塊〉の一欠片として扱う必要は、どこにもありません。

私たちが教育の前提としたい唯一の視座は「個人」です。
親が子を愛情とともに見守る視線はわが子という「個人」に向けられたものです。
唯一無二の存在としての「その人」を見ること。私たちが個別指導にこだわる理由もここにあります。
実現したい夢を生み出し、それを叶えるために歩き始める力が、一人ひとりの「ポジティブな異常値」から生み出される様を、私たちは何度も何度も目撃してきました。
世界の平均、日本の平均、都道府県の平均、学校の平均、学年の平均、教室の平均……そんなものは糞食らえです。
「ポジティブな異常値」を損なうことなく、むしろそれを含めて一人ひとりの能力の全てを底上げしていく。
そのお手伝いをするのが私たちの望みであり、理念です。

それでは、今後ともがくあんを、そして私たちを何卒よろしくお願い申し上げます。